[夕顔] 和歌が与える「人を豹変させる力」-①-

投稿日:2018-01-03 更新日:

夕顔の登場

 

夕顔の初登場は「男たちの噂話」の中。「帚木」巻にある有名な「雨夜の品定め」のシーン。

雨がしとしと降り続ける夜、暇を持て余した宿直中の若い貴公子が集まれば自然と始まる「女の話」。上流の女性しか知らない17歳の光源氏は、「中流、下流の中にもまあまあの女はいますよ。初めからあまり期待してないから、ちょっと良いところがあると凄く長所に感じたりもして。」という友人のことばに興味を惹かれる。

 

頭の中将の「夕顔」の話

 

それぞれが個性豊かな女性たちの思い出話をする中、親友の頭の中将が夕顔の話を始める。

「昔、妻には秘密にして通っている女性がいました。長い付き合いになり、情も移ってきました。可愛らしい女で、人が好いというかおとなしいというか、あまり通わなくなっても恨み言など何も言いません。だから、まあ良いかーと放っておいたらある日突然、姿を消してしまいました。私との間に子どももいたのに。実は妻が嫌がらせをしていたらしいのです。すべては後になって知ったことですが」。

実は姿を消す前、夕顔は大胆な行動に出ている。撫子の花に和歌を添えて、頭の中将に贈ったのだ。

何が大胆かって、女性から男性に歌を贈ること。和歌は男性から贈り、女性が返事をするという基本ルールを破った。そのときの一首。

 

― 山がつの垣ほ荒るともをりをりにあはれはかけよ撫子の露 ―
「帚木」巻 夕顔

山里の家の垣根は荒れ果てていても、たまには情けをかけてあげてね、あなたの可愛い撫子(娘)に。

 

「撫子」は「撫でし子」という連想から、幼い子どものイメージを持つ歌語。私のことはもう良いけど、娘のことは忘れないでね。という歌だ。

一見、控えめなようだが…もう愛されることは諦めました。あなたのことは恋人とは思ってません。父親として、娘のことはよろしくね。とも読める。女としてではなく母としての歌。頭の中将は完全にお父さん扱い。でも頭の中将には伝わらないらしい。彼の返歌はこれ。

 

― 咲きまじる花はいづれとわかねどもなほ常夏にしくものぞなき ―
「帚木」巻 頭の中将

美しい花に目移りがしてどれが一番とは決めかねるけど、やっぱり常夏のきみが一番だよ。

 

「常夏」は「撫子」の別名。でも「床」の響きから艶っぽいイメージを持つ。「撫子」を「常夏」に変えることで、父親でなく恋人として返事をした。これは頭の中将いわく、「撫子の子どものことは置いといて、まず母親の機嫌を取りました」。それに対し、夕顔はさらに返歌を詠む。

 

―うち払ふ袖も露けき常夏に嵐吹きそふ秋もきにけり―
「帚木」巻 夕顔

あなたを迎える床もそれを払う私の袖も涙で濡れているというのに、嵐まで吹く秋が来ました。

 

「秋」には「飽き」が掛けられている。これだけなら夜離れ(「よがれ」会いにこなくなること)を恨む恋の歌だが、「嵐吹きそふ」とは…!?きみが一番だよ、という頭の中将の歌の返事にしては悲観的すぎる。

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夕顔の隠れたSOS

 

「嵐」は…そう、正妻の嫌がらせのこと。

あなたがなかなか会いに来ない上に、奥様に嫌がらせまでされています。という、夕顔の精一杯のSOSなのだ。

和歌を詠むとき、人間を植物に例えたり、出来事を自然現象に例えたりすることは多い。そのほうが風流だし、上品だ。怒られることを「雷が落ちる」と言ったり、合格を「桜咲く」と言ったりするのと同じようなもの。当然、何を暗示しているのか双方が理解していないと成り立たないのだが…。

そしてこの「暗喩」には、もうひとつ効果がある。言いにくいことをさりげなく伝えたり、お互いの「逃げ道」を作ったりする効果。

裏の意味を理解しても、分からないフリをしてしまえばただの「季節の歌」のやり取りにできる。厄介な人に口説かれたとき、気づかないフリをして逃げるとか。また逆にフラれたとき、「ただの季節の贈答だし」と言い訳したりとか。正妻に浮気相手との文を見られても「いや、季節の挨拶の手紙だよ、ほんとほんと」と逃げられるとか。

身分の低い、ただの愛人のひとりである夕顔には、右大臣の四女である頭の中将の高貴な正妻を「あなたの奥様にいじめられてます!」とストレートに批判することはできないのだ。だから「嵐吹きそふ」と遠回しに頭の中将に訴えたのだが…

 

【原文:「帚木」巻】
(頭の中将)なさけなくうたてある事をなむ、さる便りありてかすめ言はせたりける、後にこそ聞きはべりしか。

【訳】
(私の妻から)思いやりのないひどい脅迫めいたことを、人を介して言ってやったらしいのです。すべては後になって聞いたことでした。

 

この台詞から分かるように、残念ながら頭の中将には夕顔のSOSは届かなかった。正妻からの嫌がらせから我が子を守るために、夕顔は姿を消すしかなかったのだ。

終始「弱々しい」と評される夕顔は、和歌の力を借りてのみ、自分の本心を伝えようとする。

そして!中流・下流にも面白い女性がいるものなんだな…と興味深く思いながら友人たちのおしゃべりに聞き入る光源氏は、後にこの夕顔に出会い、恋に落ちることになる。

夕顔② 和歌が与える「人を豹変させる力」に続く→

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