[末摘花] あの光源氏をヤケクソにさせた女

投稿日:2017-12-31 更新日:

―唐衣またからころもからころもかへすがへすもからころもなる―
「行幸」巻 光源氏

 

「行幸」の巻で光源氏が末摘花に贈った歌。訳なんていらない、一度聞いたら覚えてしまう、凄いインパクトのある歌。「唐衣、また唐衣、唐衣…返す返す唐衣ばっかだなまじで!!」と、源氏のうんざりした心の叫びが聞こえるよう。

あのジェントルマン源氏にこんな歌を詠ませるなんて、末摘花は一体何をやらかしたのかというと…

とその前に、末摘花とは何者なのか、というところから。

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末摘花とはどういう女性なのか。

 

一言で表すと「醜女(しこめ)」です。もっと簡単に言うなら、ブス。紫式部はブスの説明をするときとても丁寧。天才作家の筆を尽くして、いかにブスなのか懇切丁寧に教えてくれる。

でもそれは意地悪だからってだけじゃないかも。私たちも、美人がどう美人なのか説明するのは難しい。「パーツが整ってて、程よい大きさ、程よい角度、程よい配置にバランスよく収まってる」くらいしか言いようがない。でもブスは具体的に何が悪いか説明できちゃう。美ってたぶん、そういうもの。

末摘花は「座高が高い、猫背、鼻は象のように長い上に先が垂れて赤くなってる。髪だけは綺麗だけど、青ざめた肌に広すぎる額、長い顎、骨ばった肩。身に着けてる物は古臭くて薄汚くて無駄に仰々しい」…滅入るわ!言い過ぎ!お願い!可哀想!ブスとは極めて個性的なものなのである。

ニックネームの「末摘花」は「紅花」の異名。鼻が…赤いから…紅鼻…泣ける。彼女は故常陸宮の娘。なんと皇族の出!お父さんが亡くなって貧しくなってしまった。だから服やアクセサリーは古臭くて薄汚れた元最高級品。ダサい。もう隅々まで余すことなく可哀想。

当代一のモテ男光源氏は、大切に育てられてるお金持ちのお姫様との恋だけじゃ満足できない。世間に忘れられ、荒れた屋敷で琴を弾きながら(こいつ、琴だけは巧いんだよ…)、ひっそりと暮らす親王の忘れ形見。この説明だけだとロマンチック。清楚で、奥ゆかしくて、世の無常を理解した、薄幸の佳人かも…って期待しちゃう。見事に外すけど。

当時は女性の姿は男女が結ばれるまで見られなかったから、境遇に魅力を感じて懸想しちゃった。見事に外れるんだけど!

はい、そして、ジェントルマン源氏にあんな歌を詠ませた末摘花。一体何をやらかしたかと言うと…

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「唐衣」の入った歌の3段攻撃。

 

【1の攻撃】
― からころも君が心のつらければたもとはかくぞそぼちつつのみ ―
「末摘花」巻 末摘花

あなたの冷たいお心が恨めしく思われますので、私の着物の袂は涙でこんなにも濡れ通しです。

 

【2の攻撃】
― きてみればうらみられけり唐衣かへしやりてむ袖をぬらして ―
「玉鬘」巻 末摘花

着てみると恨めしく思われます。この唐衣、いっそ返してやりたい。涙で袖を濡らして。

 

【3の攻撃】
― わが身こそうらみらりけれ唐衣君がたもとになれずと思へば ―
「行幸」巻 末摘花

わが身が恨めしく感じられてならないの。あなたのたもとの傍に置いてもらえないと思うと。

 

…強い。ほんと強い…。

そもそも末摘花は光源氏の恋文にずっと返事を書けなかった。当時も既読スルーは失礼なことだった。超絶ハイスペックイケメンの光源氏は既読スルーなんてされたことないから、「え、無視? この俺を?」って呆れてた。

見かねた末摘花の女房(世話係)がずっと代返してあげてた。やっっっと自分で詠んだのが、この【1の攻撃】

光源氏がなかなか会いに来ないのを恨む歌。これは普通の恋文と違って、源氏が元日用に着る衣装を贈るときに添えた文だから、たっぷり考える時間があったはず。突っ込みどころ盛り沢山だけども。

まず、新年早々この歌かよ!と。今で言う年賀状のポジション。もっと明るいこと書こうよ。今年一年の幸せとか祈ろうよ。

それに、元日用の衣装は正妻くらいの格の人が贈るものなんだよ! 「衣装を贈る」その行為自体がかなり非常識。しかも、その衣装もひどい。古臭い箱に入ってて、艶もなく古びてて、生地の表と裏の色が同じ(表裏の色を変えるのがオシャレ。今もそういう風潮あるよね)。でも色だけは流行のもの…。

容姿の「髪だけは綺麗」とか楽器の「琴だけは巧い」とかもそうだけど、彼女はひとつだけある長所が逆に悲しさを増幅させている…紫式部の意地悪。

そして肝心の歌の内容だけど、「唐衣」は「古くからある歌語」。実際にこういう着物っていうのはなくて、歌の中でだけ生きていることば。生活の中では遣われないことば。「着る」「断つ」「かへす」「すそ」「そで」など、着物に関係することばを引き出す枕詞。だから「唐衣」を遣うと簡単に「和歌っぽくなる」のです。…勉強したんだね。努力はしたと思う、ほんと。

 

【2の攻撃】は、正月の着物を光源氏が女性たちにプレゼントしたときのお礼の歌。もちろん、素晴らしいセンスの、立派な着物です。

その衣装のお礼にね…「いっそ返してやりたい!」って。えー…、「ありがとう」は?しかも古くなって黄ばんだ紙に、古風な筆跡で、紙には「しっかりと」香を焚きしめて。「しっかりと」ね。ああ、また痛い…。ほのかに香るからこそ風情があるのに。

しかもこの歌は2ヵ所で切れてる。「うらみらりけり」と「かへしやりてむ」のところ。和歌のリズム崩壊!区切れっていうのは、1ヵ所だから効果があるのに、こうもブツブツ切られては…。ああ、もう痛い…。

 

最後の【3の攻撃】は玉鬘という姫君の裳着(成人)のお祝いに末摘花が贈った着物に添えられていた。成人のお祝いにこの内容!しかもまた唐衣!

さすがの源氏もうんざりして生まれたのがこの名歌(?)。

 

― 唐衣またからころもからころもかへすがへすもからころもなる ―
 「行幸」巻 光源氏

もうヤケクソみたいだけど、「かへす」は「衣」の縁語。こんな場面でもさすがなのです。光源氏は。末摘花とは世界が違う。

 

紫式部はたった三十一文字に、これだけのブラックユーモアと、末摘花の個性と、光源氏の素晴らしさを全部入れてくるのです。天才としか言いようがない。少しはご理解いただけたでしょうか。意味がわかると、面白くなってくるはず。

どんどん紹介していきます!

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