[近江の君] ”全部入り”にしたら味が分からなくなった和歌

投稿日:2017-12-31 更新日:

「源氏物語」に登場する極めて歌下手の女性二人。

 

「源氏物語」の中には極めて歌下手の女性がふたり登場する。

ひとりは前記事で紹介した「末摘花」。古めかしくて重々しくて真面目な女性。
そしてもうひとりが今回紹介する「近江の君」。

身分が高くて気品があって美しい容姿と性格と高い教養を持った素晴らしい女性が数多く登場する「源氏物語」の中で、彼女たちは異彩を放っている。でもふたりの個性は正反対。

 

近江の君とはどういう女性なのか。

 

近江の君は内大臣の落し胤。内大臣は娘たちを高い身分の男と結婚させて自分の立場を固めようと考えていたのに色々うまくいかなくて、この田舎育ちで品がない近江の君を探し回って、手駒として引き取ることにした。容姿は、末摘花ほどひどくはない。額が狭いのが難点だけど、まあまあ愛嬌もある。でもすべてを台無しにするくらい、せっかちでおしゃべりで早口!しかもキンキン声。

例えば父親の内大臣との会話。

「こうしてここに置いていただいて、何の不満もありません! 長年お会いしたかったお父様のお顔を頻繁には見られないことだけが、双六で良い目が出ないときみたいでじれったいですけど!」

「お父様にお仕えできるなら、私なんてお便器掃除の係でもなんでもしますわ!」

「私の早口は生まれつきみたいです!小さい頃から、亡くなった母も心配していました。私が産まれるとき祈祷していたお坊様が早口で、それにあやかってしまったみたいです!」

「お姉様のところに宮仕えしてお勉強ができるなら、水を汲んで頭に載せてでもお仕えしますわ!」

「尚侍(ないしのかみ)にしてほしいなーって当てにしておりましたのに、他のかたに決まったと聞いて、お金持ちになったのは良いけど夢の中ーって感じです

…現代の感覚ですら一言多いように感じる。うるさい!悪気なく人をイラッとさせるタイプ。当時の、しかも内大臣という最上級に高貴な家柄の屋敷に彼女がいたら…周りの人も大変だっただろうなー。

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近江の君は和歌でもおしゃべり。

 

彼女はもちろん手紙でも和歌でもおしゃべり。

お姉様(弘徽殿の女御)の元で修行でもしたら、と父親の内大臣に冗談半分に薦められた近江の君は、急がないと気が進まないと思われてしまう!と持ち前のせっかちを発揮してすぐに手紙を書く。「古歌の引用を総動員」して。

現代の私たちも、名曲のフレーズには敏感なもの。例えば「世界にひとつだけの花」と聞いたら、それだけで、「必ずしもNo. 1 を目指さなければいけないというわけではない」「それぞれが特別なOnly 1の存在」というニュアンスが頭に浮かぶはず。全部を言わなくても伝わる、「そのことばが含む意味」を、「効果的に利用するため」の手法として、古歌の引用は使われます。

「<間近にいるのに会うすべがない>という古歌のように今までお会いできず、<立ち寄れば影を踏むほど近いのに、来るなと関をもうけたか>という古歌のようでした。<知らずとも武蔵野といえば懐かしい>の古歌の<紫の縁>のように、あなた様をお姉様とお呼びするのは恐れ多いのですが。あなかしこあなかしこ」…引用多すぎ!そして紙の裏にはこう続く。

「早速、今宵にでも参上しようと考えておりますのは<ますます逸るこの心。どうすればこの思いはやむのか>という古歌のようです。どうかどうか、見苦しい字なのは<下手な字をどうにか上手に見なせ(水無瀬)川>の古歌のような気持ちでお許しください」…あー!!!引用多すぎ!

そしていよいよ和歌を詠みます。紙の端のほうに一首。

 

― 草わかみ常陸の浦のいかが崎いかであひ見む田子の浦波 ―
「常夏」巻 近江の君

私はまだ若いので、常陸の浦のいかが崎、いかがしてもお会いしたい田子の浦。

 

…意味が分からない!手紙の本文は古歌の引用だらけで、肝心の歌は地名だらけ。常陸(茨城)・いかが崎(河内。大阪)・田子の浦(駿河。静岡)3個も出てくる!しかも全部ばらばらの地域!

唯一「いかが崎」だけは「いかで」を引き出す序詞として機能してる。

地名というのは沢山のイメージを持っている。湘南…青い海!空!太陽!サザン!のように。それをちゃんとムード作りに活かせたら素敵なのだけど。それにしても1ヵ所で良いと思うけど。

結果、「いかであひ見む」の部分だけが「どうしても会いたい」という気持ちを表してる。それだけ。

冒頭の「草若み(私はまだ若いので)」はどこへ行ったのだろう。それを受けることばは見当たらない。欲張りすぎて全部入りにしたら味が分からなくなってしまった料理みたい。まあでもたぶん、一生懸命勉強したんだろうな、と思う。「唐衣」ばかり遣っていた末摘花を思い出す。田舎でのんびり自由に過ごしてたら突然都会の超高貴な家に引き取られて、下品な田舎者とさんざん言われて、反骨精神で歌の技法を頑張って覚えて、覚えたから、すぐ遣いたい!!!って…。

ついでにその筆跡はというと、流行遅れで誰流とも分からないいかつさで、落ち着きがなく、字の下半分が気取った感じに無駄に長く伸び、行の下のほうは斜めになって倒れそう、とのこと。天地をしっかりそろえて、小学生の硬筆みたいな文を書いていた末摘花とは対照的。

そしてこの手紙を受け取ったお姉様、弘徽殿の女御は「私が無知だからか、よく分からないわ」「このように由緒たっぷりにお返事しないとバカにされてしまうかしら。自信がないからあなたが書いて」と、そばにいた女房に代返を頼む。女房も「あまりに風流だからお返事が難しいわ」と言いながら、弘徽殿の女御の筆跡を真似たりする。

 

― 常陸なる駿河の海の須磨の浦に波立ち出でよ箱崎の松 ―
「常夏」巻 中納言(女房)

常陸にある駿河の海の須磨の浦に波が立つように来い。箱崎の松。

 

近江の君に倣って、意味のない地名の詰め合わせ。「立ち出でよ」が「どうぞいらっしゃい」という意味を持ち、「松」が「待つ」の意味を持つ。高貴な方々は嫌味っぽくて意地悪…裏表がなくいつも真っすぐな近江の君のほうが私としては親しみが持てるけど、当時の貴族の感覚だと、弘徽殿の女御たちのほうが一般的なんだろう。

この件の続きは物語には描かれない。この一連のブラックなやり取りを、紫式部は書きたかったんだろうね。紫式部はこのシーンを書いてるとき、すっごく楽しかったに違いない。ニヤニヤしながら書いてそう。そしてたぶん彼女個人は、近江の君というキャラのこと、嫌いじゃないと思う。

 

どうでしょう。紫式部が描く登場人物はこんなにも個性豊か。授業で習っている時は堅苦しくて入りづらかったけど、実はこんなおかしな話。

興味を持っていただけるような和歌・人物をこれからも紹介してまいります。

 

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