[名言・格言集]宮崎 駿(映画監督、アニメーター、漫画家)

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はじめに

当ページは、古今東西のあらゆる偉人たちの名言・格言を集約しております。

真の名言に解説など不要。私個人の意見などなおさらだと思っている。かと言って、一つの言葉だけでは発言者の真意を汲み取るのは難しい。

そこで、紹介する名言の「順番」に私の思いを込めてみた。

発言者の信念、それを実現するための方法論・哲学、過程の努力、その結果で得た誇り、新たな野望、独特な人生観、未来に託す希望・・・

そんなストーリーを想像しながら、人物像を掴み、生きたメッセージとして受け取る。素敵な言葉たちを、よく噛んでよく味わって、心の栄養として蓄える。

ここを、そんな場所にしてまいります。

-映画監督、アニメーター、漫画家-
宮崎 駿

基本プロフィール

生年月日:1941年1月5日

ざっくり人物紹介

説明不要の巨匠。
日本の映画監督、アニメーター、漫画家。
株式会社スタジオジブリの取締役。

 

-宮崎 駿-
名言・格言集

才能とは、 情熱を持続させる能力のこと。

 

才能はたいていの人が持っているんだけど、才能のあるなしじゃなくて、それを発揮するエネルギーがあるかどうか。

 

自分の才能を見極めるっていうのは一番恐ろしいことですから、辛い時もある。買いかぶるというか、やたらに根拠のない自信を持つ瞬間もある。その間を揺れ動きながらやるしかない。

 

自分がそれを好きか嫌いかってこと以外に、自分がそれをできるか、できないかってことを見極める必要がある。

 

理想を失わない現実主義者にならないといけないんです。理想のない現実主義者ならいくらでもいるんですよ。

 

半端な仕事はやっちゃいけないですね。それは本当に思います。

 

企画の発端というのは思いつきでも何でもいいんですよ。ただそれに肉付けしていく過程でキチンとやらなくちゃいけないんです。

 

もう、とことん考える。ありとあらゆる方向を探るんです。とことん困ると、奥のほうでふたが開くんです。そのふたが開くと、最初に考えもしなかった方向が見えたりする。

 

必要なのは、理念を語ることではなくて実際になにかをやることです。

 

創造的人生の持ち時間は10年だ。君の10年を力を尽くして生きなさい。

 

一つの仕事を一生懸命やれば、マイナスの部分が生じることもある。それでも精いっぱい力を尽くして生きるしかない。

 

自分で、すぐ自分を許せる人間は、大した仕事をやらない。

 

模倣は非難できない。通俗文化の領域では、真似から始まり、しだいに自分のものを出してくる者が多い。かといって、達者に見えて真似から一歩も出られない者も多い。

 

消費者になってはいけない。生産する者になりなさい。

 

誰かを楽しませなければ、生きている意味がない。

 

目の前の子供に「生まれてきてくれてよかった」って言いたい気持ちがあるから映画を作ろうって思うんです。

 

名言おまけ

悪いことをしても天罰が下るわけではなく、良いことをしてもお褒めにあずかるわけではない。じゃあ何が違ってくるかというと、顔が違ってくる。豚の顔になるのか、少しはましな顔になるのか。

 

他人に迷惑をかけないなんてくだらないことを誰が言ったのか知らないんですけれども、人間はいるだけでお互いに迷惑なんです。お互いに迷惑をかけあって生きているんだというふうに認識すべきだってぼくは思う。

 

自分が善良な人間だから、善良な映画を作るんじゃないですよ。自分がくだらない人間だと思ってるから、善良な映画を作りたいと思うんです。

 

善良なことが自分の中じゃなくても、どっかにそういうものがあるんじゃないかと思う気持ちがなかったら、とても作品を作れないわけです。

 

描きたくもないものをなんで描かなきゃいけないんですか。僕は描きたいものを描きたいですよ。

 

確かに僕は矛盾に満ちているかもしれない。でも仕方がない。矛盾のない人間はたぶんつまらない人だ。

 

宝島なんてないと思ってる子供たちがたくさんいる。だけど、本当はそう思い込んで世界を狭くしてるだけじゃないのかなあ。出会えたら素晴らしい人とか心打たれる風景はたくさんある。出会う前、見る前に諦めちゃいけない。

 

面白いものはこの世界にいっぱいある。キレイなものや、まだ出合ってないかもしれないけれど、いいこともいっぱいある。それを子どもたちに伝えたい。ただそれだけですね。映画の中じゃない。映画の向こうにいっぱいあるんです。

 

どこか日本の中に深い森があって、そこに入ってはいけなくて、そこにいろいろな動物がいて、それで散歩道もないんです。そういう世界が、深い森があるんだよという話が、親が子供たちに話せるような国ができたらいいなあと、本当に思うんです。

 

子供がある肯定的なものに作品の中で出会ったときに、こんな人いないよとか、こんな先生いないよとか、こんな親はいないよって言っても、そのときに「いないよね」って一緒に言うんじゃなくて、「不幸にして君は出会ってないだけで、どこかにいるに違いない」って僕は思うんですよ。

 

児童文学というのは、人間の存在に対する厳格で批判的な文学とは違って、「生まれてきてよかったんだ」というものなんです。生きててよかったんだ、生きていいんだ、というふうなことを、子どもたちにエールとして送ろうというのが児童文学が生まれた基本的なきっかけだと思います。

 

僕は自分たちの仕事をクリエイティブな仕事というよりも、リレーのように考えています。僕らは子供の時に、誰かからバトンを貰ったんです。そのバトンをそのまま渡すんじゃなくて、自分の身体の中を一度通して、それを次の子供たちに渡すんだという。

 

あんまり自分がやりたいと思っていることを分析しようと思ったことはないんです。分析した途端にくだらなくなってくるから。

 

人間は決定的なことって言葉で考えたりはしないんです。「どうして僕は、彼女が好きなんだろう」って考えたりはしない。そんなことは分析したって無駄なんですよ。

 

天災で、どんなに悲痛な思いをしても、この国の人々はそれでも生き続けようとする力を持っている。

 

人も獣も木々も水も、皆等しく生きる価値を持っている。


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