[名言・格言集]ミシェル・ド・モンテーニュ(哲学者、モラリスト、懐疑論者、人文主義者)

投稿日:

はじめに

当ページは、古今東西のあらゆる偉人たちの名言・格言を集約しております。

真の名言に解説など不要。私個人の意見などなおさらだと思っている。かと言って、一つの言葉だけでは発言者の真意を汲み取るのは難しい。

そこで、紹介する名言の「順番」に私の思いを込めてみた。

発言者の信念、それを実現するための方法論・哲学、過程の努力、その結果で得た誇り、新たな野望、独特な人生観、未来に託す希望・・・

そんなストーリーを想像しながら、人物像を掴み、生きたメッセージとして受け取る。素敵な言葉たちを、よく噛んでよく味わって、心の栄養として蓄える。

ここを、そんな場所にしてまいります。

-哲学者、モラリスト、懐疑論者、人文主義者-
ミシェル・ド・モンテーニュ

基本プロフィール

生年月日:1533年2月28日
死没:1592年9月13日

ざっくり人物紹介

16世紀ルネサンス期のフランスを代表する哲学者。
現実の人間を洞察し、人間の生き方を探求して綴り続けた「エセー」は世界中に影響を与えた。

フランスのモラリスト文学の基礎を築いたとも評される。

 

-ミシェル・ド・モンテーニュ-
名言・格言集

いつかできることはすべて、今日でもできる。


 

目指す港がないような航海をしていたら、どんな風が吹いても助けにならない。


 

日ごとに新たなる思想があり、我々の心は天気とともに移り変わる。


 

心は正しい目標をなくすと、偽りの目標にはけ口を向けるものだ。


 

自分を持っていれば、賢者は何も失わない。


 

私は苦労はいとわぬ。辛抱もする。だが、それは自分に気の向いたことをするときだけだ。


 

この世で一番大切なことは、どうしたら自分が自分のものになりきれるかを知ることだ。


 

一人の人間の評価と価値は、心と意志のなかにある。そこに人間の本当の栄誉が宿るのだ。


 

世界で最も素晴らしいことは、自立の方法を知ることである。


 

真の自由とは、自分自身に対してあらゆることをなしうるということである。


 

我々の苦悩の中でも最も歓迎できないのは、自分の存在を軽蔑することだ。


 

物財の貧困は容易に癒されるが、魂の貧困はけっして癒されない。


 

恥ずかしいと思わぬことは、恥ずかしがらずに言うべきだ。


 

羞恥心はすべての人にまことにふさわしいものである。しかし、それを克服するすべを、そしてそれを決して失わないすべを心得ておかねばならない。


 

我々は他人の知識によって物知りにはなれるが、賢くなるには、我々自身の知恵によるしかない。


 

暗記することは真に知ることではないのです。それだけなら、記憶の中に託されたものを後生大事に守っているだけなのです。


 

私が他人の言葉を引用するのは、自分をもっとうまく表現するためにすぎない。


 

私は私の意見を述べる。それがよい意見だからではなく、私自身の意見だからだ。


 

言葉は半分は話す側のものであり、半分は聞く側のものである。


 

自説に固執し、夢中になることは愚鈍さの最も確かな証拠である。


 

我々人間の意見の最も普遍の性質は多種多様ということである。


 

わたしは何を知っているだろうか?


 

愚者が賢者から学ぶことよりも、賢者が愚者から学ぶことのほうが多い。


 

賢者は、生きられるだけ生きるのではなく、 生きなければいけないだけ生きる。


 

子供の教育については、勉学の欲望と興味を喚起することが一番大切である。でないと結局、本を背負ったロバを養うことになる。


 

賢者は自然の富を熱心に求める。


 

自然はやさしい案内者である。賢明で、公正で、しかもやさしい。


 

真実でさえ、時と方法を選ばずに用いられてよいということはない。


 

自分を他人に貸しなさい。しかし自分だけにしか自分を与えてはならない。


 

私が最も恐れるものこそ、恐れである。


 

臆病は残酷性の母である。


 

苦しみを恐れる者は、その恐怖だけですでに苦しんでいる。


 

世の中には、勝利よりももっと勝ち誇るに足る敗北があるものだ。


 

泣くことも一種の快楽である。


 

運命は我らを幸福にも不幸にもしない。ただその種子を我らに提供するだけである。


 

各人はその考え次第で幸福にもなり、不幸にもなる。他人が見てそう思う人ではなく、自分でそう思う人が幸福なのである。


 

人間はその身に降りかかることよりも、それをどう受け止めるかによって傷つくことが多い。


 

偶然の出来事を調整することはできない。だから私は自分自身の身を修める。


 

不幸は大半が人生に対する誤った解釈のしるしである。


 

精神の力と肉体の力を欠いては、幸福は感知されない。


 

なにごとも逃げてはいけない。敵に対しても、もしも、こちらが逃げれば、ますます激しく攻めてくるものだ。それと同じように、人生のさまざまな苦しみも、私たちが恐れおののいているのをみると、いい気になって、更にいじめてくる。


 

強い心で立ち向かっていく人には、向こうのほうが逃げ出し、降伏するのである。だから、断じて強気でいかねばならない。


 

防備は攻撃を引き寄せ、疑念は侵害を引き寄せる。


 

もしも人から、なぜ彼を愛したのかと問い詰められたら、「それは彼が彼であったから、私が私であったから」と答える以外には、何とも言いようがないように思う。


 

恋愛で第一に大事なことは何かと聞かれたら、私は、好機をとらえることと答えるだろう。第二も同じ、第三もやはりそれだ。


 

夫婦の仲はあまりつづけて一緒にいると、冷めやすいし、くっついてばかりいると、損なわれやすい。知らない女性はどれも愛想がよく見える。


 

美しい女にはやがて飽きがくるが、善良な女には決して飽きはこない。


 

男が女に「いつまでも愛しつづける」と誓う前提には、「女がいつまでも愛すべき存在でありつづけるかぎり」という条件がついている。


 

美貌や愛欲によって結ばれた結婚ほど、早く紛争を起こして失敗するものはない。結婚には、一定して変ることのないしっかりとした土台と、堅実にして慎重な行動が必要である。沸き立つような歓喜は、何の役にも立たない。


 

結婚は鳥かごに似ている。外にいる鳥は必死で中に入ろうとし、中にいる鳥は必死で逃げ出そうとする。


 

よい結婚というものが極めて少ないことは、それがいかに貴重で、偉大なものであるかという証拠である。


 

王国を統治するより、家庭を治めるほうが困難である。


 

誰もがその収入を公表はしない。ただ収入によって得たものを見せびらかすだけである。


 

値の高さが、肉の味をよくする。


 

怒りは奇妙な用法を有する武器である。他のすべての武器は、人間がこれを用いるものだが、この武器はわれわれを用いる。


 

人生の価値は時間の長さではなく、その使い方で決まる。長生きをしてもむなしい人もいる。


 

老いは、私達の顔よりも心に多くのシワを刻む。


 

あらかじめ死を考えておくことは、自由を考えることである。


 

人ひとりを殺すに値する思想などはない。


 

もし私が再びこの人生を繰り返さねばならないとしたら、私の過ごしてきた生活を再び過ごしたい。過去を悔まず、未来を恐れもしないから。


<スポンサーリンク>


名言集へ戻る→

-Word

Copyright© ReRelish , 2020 All Rights Reserved.