[源典侍] 還暦!そのへんの若者とは一味違う和歌の使い方

投稿日:2018-01-03 更新日:

源典侍、還暦間近の老夫人。

 

源典侍(げんのないしのすけ)は還暦間近の老婦人。

「この頃の年齢を現在の感覚に直すときは1.6~1.7倍にすると良いね」と大学では教わった。ということは…彼女は90歳前後ということになる。80歳は超えている、絶対に。

彼女は最初にまず、こう紹介される。「家柄もよく才気もあり、上品で、人々から尊敬されている。でも、ひどく色好みで、そちらの方面では軽々しい女性」。つまり、「恋愛、現役!(しかも尻軽)」なのである。音楽の才能にも恵まれているし、お仕えしていた帝は自分の世話係は美人をそろえていたから、若い頃は美しかったのだろう。

このおばあさんの恋の相手になるのは、19歳の光源氏とその親友の頭の中将。当代きっての皇族と貴族のお坊ちゃま。なんと二股をかけることに成功するのである…!

 

恋に強かな老婦人の和歌

 

先にちょっかいを出すのは光源氏。源典侍がちょうどひとりでいるところを見つけて、「あ、色好みで有名なおばあちゃんだ」と興味を持つ。

彼女はセンスのいい衣装を身にまとい、色っぽい雰囲気を漂わせている。「うわー、若作りだなー」と引きながらも、彼女の着物の裾をちょっと引っ張って気を引いてみる。実に可愛らしいナンパである。

でもそれが運の尽きというかなんというか…当然のことながら、逆にロックオン!!!受けて立つわ、と流し目をよこされるも、瞼は黒ずみ落ち窪み、髪もほつれて乱れている。

そのうえ源氏が彼女と扇を交換してみると、真っ赤な紙に金泥で塗りつぶすように森が描かれている。…派手!そして端のほうには「森の下草老いぬれば」と書いてある。古歌の引用で、「年老いてしまったので最近殿方の訪れもなくて…」という意味だ。源氏は「ひゃーっ」と思いながらも、「いやいや、枯れるどころか沢山の男性が訪れているようで」と思ってもいないことを無難に返す。しかし源典侍は勝負に出る。和歌を詠むのだ。もう逃げられない!

 

― 君し来ば手なれの駒に刈り飼はむさかり過ぎたる下葉なりとも ―
「紅葉賀」巻 源典侍

あなたがおいでになれば、お乗り馴れの馬に草を刈りご馳走します。盛りを過ぎた私を添えて。

 

この歌の妙に凄いところは、現代の私たちが、訳がなくて意味がちゃんと分からなくてもなんとなく下品なことだけは伝わるところだと思う。それくらいパワーのある、『源氏物語』の中で最も露骨な歌だ。もはや源氏は「ぎゃー!!」となっているが、和歌には和歌で返さないと。

 

― 笹分けば人や咎めむいつとなく駒なつくめる森の木がくれ ―
「紅葉賀」巻 光源氏

笹を分け入ったなら咎められるでしょう。いつでも大勢の男たちが慕い集まるあなたの森だから。

 

要するに、あなたはモテるようだから遠慮します! ということ。これも、思ってもいないことだけど。

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ライバルの出現!

 

さて、光源氏の親友でありライバルである頭の中将は、源氏と源典侍との仲が怪しいという情報をつかむ。

源氏に競争心を燃やし、先に彼女と関係を持つ。したたかな源典侍はそのことを源氏にバレないよう全力で隠す。若い女性なら「他にも私のこと好きな人いるんだからね!」と言って恋人の心を刺激することもできるかもしれないところだ。しかし、源典侍は違う。

 

― 立ち濡るる人しもあらじ東屋にうたてもかかる雨そそきかな ―
「紅葉賀」巻 源典侍

立ち寄って軒端の雨に濡れる人もない東屋に、つれなく雨が降り注ぎます。

 

「訪れる人が誰もいない東屋の私、雨が降っても情けないだけ」と源氏に詠みかける。頭の中将のことなどおくびにも出さず、誰も来ない…と同情を誘う作戦で、「なんか気の毒かも…」と思わせ、彼女はついに光源氏をも落とす。

最終的には、ふたりのデートをこっそり窺っている人物…光源氏を驚かせてやろうとたくらんでいる頭の中将が逢瀬現場に乱入する。

源氏は最初、おばあちゃんのところに通っている男か!?と驚く。おばあちゃんを取り合う修羅場は当然避けたいだろう。結局頭の中将のいたずらだと分かるが、そのあとも大騒ぎ。さて服を着ようという源氏の直衣を頭の中将がつかんで離さない。それならこっちだって!と源氏が頭の中将の帯を引き抜いて直衣を脱がそうとする。あちこち引っ張り合ってビリビリになっただらしない姿で、ふたりは連れ立って帰ってゆく。

そうしてこの件は笑い話ということで幕を下ろす。

源典侍の和歌の使い方は他の若い女性たちとは大きく異なる。物凄い若作りをしているくせに、歌の中では「もうおばあちゃんだから…」「訪れる人もいなくて…」と自分の老いをむしろアピールしてくる。ことばの上でこそいくらでも若作りできるはずなのに、敢えてそれをしない。

これは「インパクト」狙いだと言えるだろう。普通の、風流な、美しい和歌では、この年齢差の恋愛を成立させるのは難しいことを彼女は知っている。あるときは引くほどドギツク、またあるときは同情を誘うことで、光源氏に「変わった女性だな」「並みの女とは違うな」「あまり気は進まないけど、まあたまにはこういうのもアリかな」と思わせてしまう。恋愛の超高等テクニックだ。

彼女は還暦間近にして、紛れもなく恋のスペシャリストである。

 

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