[源氏物語あらすじ]第一巻「桐壷」

投稿日:2017-12-31 更新日:

帝から桐壺の更衣への寵愛、そして恨み嫉み

ある時代の後宮でのこと。
更衣というあまり高くない身分ではあるが、桐壺帝の寵愛を一身に浴びる女性がいた。

桐壺の更衣

何かと優遇されるその桐壺の更衣を見て、身分の高い女御たちや同じくらいの身分の更衣たちは激しく嫉妬し、憎んだ。

そうした妃たちの恨みを受けることが続き、もともと体の強くない桐壺の更衣は病気になってしまった。

桐壺帝はそんな彼女をますますいじらしく愛しく思う。人々の批判など無視してて特別扱いを続けた。

※更衣:天皇の衣替えをつかさどる役。身分はあまり高くない。女御より下。

光源氏の誕生

やがてふたりの間にはこの世のものとは思えないほど美しい男の子が生まれた。

光る若君(のちの光源氏)

桐壺帝の一の宮(長男)は右大臣の娘の弘徽殿の女御が生んだので身分も財力も申し分なく、いずれ正式に東宮(皇太子)になるに違いないと言われていた。

しかし、この光り輝くような若宮の美しさには比べようもない。

帝があまりにも新しい若宮ばかりを可愛がるので、一の宮の母上である弘徽殿の女御も、この若宮が東宮になるのではないかと疑い始めた。

桐壺の更衣へのいじめ

光る若宮を産み、帝から更に丁重な扱いを受けるようになった桐壺の更衣への嫉妬はますます募るばかりである。他の妃たちからのいじめを受けるようになった。

例えば、更衣が帝に呼ばれて清涼殿に渡るとき、橋や廊下のあちこちに糞尿が撒かれて着物の裾が汚れる。渡り廊下を通行中に、扉のあちらとこちらから鍵をかけて閉じ込められる。

数えきれないほどの嫌がらせをされて、更衣はついに重い病気になってしまった。

光源氏3歳。
桐壺の更衣の死

光る若宮が3歳になったとき、袴着の儀式(七五三)が執り行われた。

一の宮に劣らぬ豪華盛大な式の中、3歳になった若宮の容姿・性格がこの上なく優れているので、他の妃たちもこの若宮を完全に憎むことはできない。

長い間病気がちだった桐壺の更衣は完全に衰弱し、里に帰って亡くなる。

桐壺帝はふさぎ込み部屋にこもりがちになる。

まだ幼い光る若宮だけは何が起こったかわからなくて、人々が泣きまどうのを不思議そうに見ているのであった。

季節が秋になっても、他の妃の寝所にも訪れずに泣き暮らす桐壺帝を見て世間は「困った人だ」と噂するようになった。

光源氏、参内する

月日が経ち、母の死後しばらく桐壺の更衣の里で暮らしていた光る若宮がついに宮中に上がることになった。

前よりいっそうお美しく立派に成長している姿を見るにつけても、桐壺帝はなんとか一の宮を超えて若宮を東宮に立てたいと思うけれど、順序を乱すことや後見人がいないことから、世間が許さないと考えなおす。

弘徽殿の女御もここで初めて安心するのだった。

高麗の人相見、
光源氏への予言

7歳になった光る若宮は、類まれなく美しく、聡明で、気品があり、楽器の演奏や舞いにも才能があった。

桐壺帝はこの若宮の将来をどうするべきかと悩み、よく当たると評判の高麗の人相見(占い師)に若宮を見せることにした。

右大弁の息子のように仕立てて連れてこられた若宮を見て、人相見は「この子は将来、帝王の位にのぼるべき人相をしている。しかし帝王となると国が乱れる。かといって政治を補佐するべき人間かというと、それもまた違う」と言う。

帝は迷った末、若宮を臣籍にして源の姓を与えることを決心する。

藤壺の宮の登場、
光源氏の初恋

年月が過ぎても、帝は桐壺の更衣を忘れることができない。

そんな折、先帝の女四の宮が桐壺の更衣に生き写しのようにそっくりだという話を聞きつける。

藤壺の宮

入内してきた藤壺の宮は帝の目から見ても桐壺の更衣にそっくりで、帝の心も久しぶりに癒されるのであった。

桐壺帝は光源氏をどこへ行くにも連れていくので、当然、藤壺の宮の元を訪れるときも一緒である。

周囲の人が「藤壺の宮はお母様にそっくりですよ」と言うので、源氏は若々しく可愛らしい藤壺の宮を、憧れの女性として、また母の面影を求めて、慕うようになっていった。(光源氏の初恋。)

光源氏の元服、結婚

光源氏は12歳で元服(成人式)する。昨年の東宮の元服にも劣らぬ華々しい式である。

元服した源氏の姿はただもう素晴らしく、いっそう輝きを増すようだった。

左大臣北の方(正妻)は帝の妹である。そこには姫君がひとりだけいた。左大臣は、源氏の君が成人したときには娘を妻にと考えていた。

源氏は宮中での元服の儀のあと左大臣の屋敷に退出し、 4歳年上の葵の上と結婚する。

葵の上は自分のほうが年上であることを恥ずかしく思っているようだった。

光源氏の抑えられない恋心

結婚後も相変わらず桐壺帝は光源氏をどこに行くにも連れまわす。

そのせいで左大臣の屋敷への訪れは途切れがちになるが、大臣は「まだ幼いお年頃だから」と思い咎めだてもせず、婿殿をひたすら大切にもてなす。

桐壺帝とともに藤壺の宮のもとへ行っても、元服した今は以前のように簾の中まで入って親しくすることは許されない。

源氏は「結婚するなら藤壺の宮が良い。葵の上は美しく上品な人だけれど、どこか性が合わない気がする」と考えるのだった。

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